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※この記事は『ゼノブレイドクロス ディフィニティブエディション』チャプター13の内容に触れます。未プレイの方はご注意ください。

ポイント3行

  • ゼノクロDEのチャプター13で、エルマが聖書『ヨハネの黙示録』の一節「第六の天使がラッパを吹いた」を暗唱する。あの場面の正体こそ「黙示録のラッパ吹き」だ
  • 黙示録のラッパ吹きは8〜11章に登場する七人の天使。中でも第六のラッパは「人類の3分の1を滅ぼす、あらかじめ定められた裁き」を告げる、とりわけ重い一吹きだ
  • エルマの引用は、宇宙を消し去る「ゴースト」を終末の天使になぞらえる演出。最後の第七ではなく“第六”を選んだところに、ゼノクロらしい一筋の希望が隠れている

ゼノクロDEで、エルマが聖書を暗唱した

ゼノブレイドクロスのディフィニティブエディション、その追加シナリオであるチャプター13。物語が大きく動くなか、BLADEタワーの会議で、エルマが静かに古い聖句を口にする場面があります。

『ヨハネの黙示録』の一節――「第六の天使がラッパを吹いた」。

なぜ「第六」のラッパなのか。気になって調べていくと、この短い引用の裏に、ゼノシリーズがずっと抱えてきたテーマがぎゅっと詰まっていることが分かってきたんです。

というわけで今回は、「黙示録のラッパ吹き」とは何なのかをやさしくほどきつつ、エルマがあの場面でこの聖句を選んだ意味を、一緒に考えていきます。

エルマが口にしたのは「第六のラッパ」だった

まず、エルマが引用したのは黙示録の9章、七つのラッパのうち「第六のラッパ」の場面です。内容をかみくだくと、こうなります。

第六の天使がラッパを吹くと、大河ユーフラテスのほとりにつながれていた四人の天使が解き放たれます。彼らは膨大な軍勢を率いていて、その役目はただ一つ――「人類の3分の1を滅ぼすこと」。しかも恐ろしいのは、彼らが「その時、その日、その月、その年のために用意されていた」と書かれている点です。つまりこの大量死は、行き当たりばったりの災害ではなく、あらかじめ運命として定められていた、というニュアンスなんです。

エルマはこの聖句を、ゼノクロの世界を脅かす「ゴースト」と呼ばれる存在に重ねます。ゴーストとは、宇宙そのものを消し去ってしまう力のこと。エルマはそれを、黙示録に出てくる終末の天使のようなもの、あるいは宇宙が自分自身を作り直すための「自浄作用」なのではないか、と語ります。災いでありながら、どこか宇宙の摂理でもある――そういう不気味な符合を、彼女は古い聖句の形で口にしたわけです。

黙示録の第六のラッパでは、ユーフラテスから解き放たれた軍勢が「二億」とも記される桁外れの数で押し寄せ、人類の3分の1を刈り取っていきます。数の暴力の前では人間などひとたまりもない――そのイメージは、宇宙の広さを思えば人類の存在などあまりに小さい、というゴーストの絶望的なスケール感と、不気味なほどよく響き合っています。エルマがこの一節をあえて選んだのは、敵の規模を説明するどんな科学用語よりも、二千年前の聖句のほうが恐怖の本質を言い当てていたからかもしれません。

ちなみにこの聖句、英語版でも古い英語訳聖書の荘厳な言い回しがほぼそのまま採用されていて、海外のファンの間でも「よく無改変で残してくれた」と話題になりました。それだけ作り手が、この引用を物語の大事な一部として扱った証拠だと思います。

そもそも「黙示録のラッパ吹き」とは

ここで、引用元の全体像を押さえておきましょう。

「黙示録のラッパ吹き」は、新約聖書のいちばん最後に置かれた『ヨハネの黙示録』8〜11章に登場する、七つのラッパを順番に吹き鳴らす七人の天使のことです。物語の直前、子羊が「第七の封印」を解きます。この子羊はキリストを表す象徴です。封印が解かれると天に半時間ほどの静けさが訪れ、それから神の前に立つ七人の天使に、一本ずつラッパが手渡されます。

そして大事なのが「ラッパ」の正体。これは金管楽器のトランペットではなく、「ショファル」という動物の角でできた角笛がもとになっています。古代ユダヤの人々にとって角笛は、新年や王の即位、戦いの合図など「これから大事なことが起こる」という運命の節目に鳴らす、特別な音でした。だからラッパが吹かれるのは「神がいよいよ動き出す合図」。音そのものが宣言なんですね。

七つのラッパで何が起こるかを、表にまとめました。

順番章何が起こる?被害のスケール
第一8章血の混じった雹と火が降る地と木の3分の1が焼ける
第二8章燃える巨大な山が海へ落ちる海・生き物・船の3分の1が損なわれる
第三8章「苦よもぎ」という星が川へ落ちる川の3分の1が苦くなる
第四8章太陽・月・星の3分の1が暗くなる昼と夜の光が3分の1減る
第五9章底なしの淵が開きイナゴの群れが現れる人々が5か月間苦しむ
第六9章ユーフラテスの四天使が解き放たれる人類の3分の1が死ぬ
第七11章天が「この世は神のものになった」と告げる神の国の到来

エルマが引用したのは、上から6番目の「第六」です。被害のスケールが「3分の1」と描かれているのは、「まだ3分の2は残っている=これは最終決定ではなく警告だ」というメッセージだと読まれています。そして最後の第七のラッパだけは、災いではなく「神の国の完成」という勝利宣言になっている。終末イコール、ただの破滅ではないんです。

そもそも黙示録は、迫害に苦しむ人たちへ向けて「今は苦しくても、最後には必ず救いが来る」と励ますために書かれた手紙でした。だから恐ろしい裁きの場面が延々と続きながらも、その奥には一貫して希望が流れています。この「裁きと救いがワンセット」という性質は、あとでゼノクロの読み解きにそのまま効いてきます。

なぜ「第六」だったのか

さて、ここがいちばん面白いところです。エルマが選んだのは、最後の第七ではなく、その一歩手前の「第六」でした。これは偶然でしょうか。

私は、ここに作り手の狙いを感じます。第六のラッパは「人類の3分の1が滅びる、定められた大いなる淘汰」。けれどそれは、まだ世界の終わりそのものではありません。すべてが完成する第七の、一歩手前なんです。

ゼノクロの世界を思い出してください。地球はすでに滅び、わずかな人類が宇宙船でミラ星へと逃れてきました。いわば一度「終末」をくぐり抜けた人々です。しかも彼らの多くは、生身の肉体すら失い、ミメオソームと呼ばれる人工の体に意識を移して生きています。終末を生き延びるために、自分の体さえ手放した人々なんですね。そんな彼らの前で、人類の3分の1が滅びる第六のラッパが読み上げられる――この重ね方は、ぞくりとするほど巧みだと思います。そこへ、宇宙そのものを消す「ゴースト」という新たな脅威が迫る。エルマの引用は、「これもまた、定められた終末の続きなのかもしれない」という重さを物語に与えます。

でも――選ばれたのが「第六」であることが、救いなんです。まだ終わっていない。まだ第七は鳴っていない。終末の予言のただ中にいながら、人類にはまだ抗う余地が残されている。ゼノクロが最後まで描くのは、絶望ではなく「それでも生き延びようとする人間」の姿です。第六のラッパは、その物語にぴったりの選択だったと思います。

そして物語の核心にいる「ヴォイド」という存在は、人類を運ぶ巨大な機構を設計した「大いなる者」として明かされます。創造者でありながら終末を招く――この一人二役のような立ち位置も、世界を造り、そして裁く黙示録の神のイメージと、静かに重なっています。

思えばゼノシリーズは、この「創造する者が、そのまま滅ぼす者でもある」という構図を何度も描いてきました。次に紹介するゼノギアスの「デウス」も、人々が神とあがめながら、その正体は世界ごと呑み込みかねない兵器でした。生み出す手と滅ぼす手が同じ――黙示録の神が裁きと救いを同時に握っているように、ゼノの神々もまた、両方の顔を持っているんです。だからこそ、終末を語るのに聖書ほどしっくりくる下敷きはなかったのでしょう。

ゼノシリーズと「黙示録」の長い付き合い

実は、ゼノシリーズが黙示録に手を伸ばすのは、今に始まったことではありません。

シリーズの生みの親・高橋哲哉さんは、1998年の『ゼノギアス』の頃から、聖書やユダヤの神秘思想を物語の設計図に使ってきました。神を名乗る兵器「デウス」、空に浮かぶ制圧艦「メルカバー」(聖書で神が乗る戦車の名前)、動力源「ゾハル」(ユダヤ神秘思想の聖典の名前)。『ゼノサーガ』に出てくる「テスタメント」も、英語で聖書そのものを指す言葉です。「終末と再生」という黙示録の骨格は、シリーズをずっと貫いてきた背骨なんですね。

その長い伝統のいちばん新しい形が、ゼノクロDEでエルマがそっと暗唱した「第六のラッパ」だったわけです。次にあの会議の場面を見返すときは、彼女の声の向こうで七つのラッパが順番に鳴り響いていることを、思い出してみてください。きっと、いつもの一枚の絵が、何層にも深く見えてくるはずです。

まとめ4行

  • ゼノクロDEチャプター13でエルマが暗唱したのは、『ヨハネの黙示録』9章「第六のラッパ」。ユーフラテスの四天使が解き放たれ、人類の3分の1を滅ぼす、定められた裁きの場面だ
  • 「黙示録のラッパ吹き」は8〜11章の七人の天使。ラッパの原型は運命の節目を告げる角笛ショファルで、第七の封印が解かれたあと順番に鳴らされる
  • エルマはこの聖句を、宇宙を消す「ゴースト」になぞらえた。災いでありながら宇宙の自浄作用でもある、という不気味な符合を、古い聖書の言葉で示してみせた
  • 選ばれたのが最後の第七ではなく“第六”なのが鍵。終末のただ中でもまだ終わっていない――「それでも生きる人類」を描くゼノクロらしい、希望をにじませた一吹きだった